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シリーズ 3  会社サイドから視る「自己分析」 ~適性試験の妙②

自己分析を知る
2016-11-02

自己分析を知る

 適性試験の結果には、色々な分析結果が、詳しく書いてあります。これは、日本語で表現されているという意味では、実に有意義。それでは、ここから先のことをちょっと考えてみましょう。   今なぜ、学生が貴重な時間を費やして、学校の就活ガイダンスや講義、そして適性試験を受けなければいけないのか?それは、まずは就活のゴールである、「志望企業に内定をもらう」ためです。つまり、今やってる就活の準備や適性試験は、就活のゴールのテープを切るためにやってるんです。言い方を変えると、「ゴールに達するように(ゴールから逆算して)、今の素の自分を語る事を考える」ということ。このシリーズ1 で書いた、旅行の準備と同じ理屈ですね。    学生の皆さんが、適性試験の結果で陥りやすい落とし穴は、出てきた結果を信じて、もっと言うと鵜呑みにして、その結果から自己分析をやり始める、ということなんです。適性試験の結果に洗脳されてしまうんですよね。・・・まあもっとも、これは先が見えないがゆえに仕方ないことではありますが。    「・・・自分の長所は、真面目で粘り強いって思ってる。短所は、引っ込み思案でおとなしいこと。今日の適性の結果にも、そんなことが書いてあったし。・・・やっぱり自分はそうなんだ!」    っていう感じ。このやり方は、間違ってはいないとは思いますが、正しくもない。少なくとも、自己分析の方向性と進め方は違う。この手順は、就活の目的から逆算して、今を考えてはいません。    適性試験というのは、色々な学問や理屈に則って作られたものですので、結果そのものは、十分に信用できる内容です。ですので、行った結果に書いてあることは、嘘でもなんでもなく、自分のことを表現していると考えて良いでしょう。    しかし、いくら自分を表現しているとは言っても、これで全てな訳じゃない。これは、今の自分の表面的なことの一部を表しているかもしれませんが、本質や確信を突いている訳ではないんです。適性試験の限界は、あくまで母数やデータベースがあって、そこからはじき出される傾向値であるということ。ここを十分に意識してほしいと思います。    日本中の大学で、同じ適性試験を行い、どこかの大学で、たまたま奇跡的に、自分と同じ箇所に○をした学生がいたらどうでしょうか?その人の結果も、自分と全く同じものが返ってきているはず。でも、じゃあその人と性格も本質も同じか?というと、それはちょっと考えにくいですよね。クローン人間じゃないんだから、生まれも育ちも家庭環境も違えば、当然ながら育まれる価値観も違うはず。これで、2人のキャラが、そっくりになることはちょっとあり得ない。    これは何故かというと、適性試験の限界を語る決定的な要因になるんだけど、この適性試験の結果に書いてある文言には、自分の過去に由来してくるものが、反映されないからなんです。適性試験に反映されるのは、今現在の自分の価値観が、データベースとどのように絡むか?という視点以外にありません。だから、今の自分の表面的なことの一部なんですよね。    人間というのは、日々成長しています。決して、昨日の自分と今日の自分は同じではない。昨日と今日とでは、変わり方もごくごくわずかかもしれないけど、でも、例えば、高校3年生の頃の自分と、大学3年生になった今の自分とを比べたときに、全く同じ訳はないですよね?    出会った人も、行動範囲も、知識も、遊びも、確実にレベルアップしているはず。お酒も飲めるしね。ということは同じ理屈で、これから先の未来が、今と全く同じであるはずがない。    だから、もし仮に、今の自分の短所が、引っ込み思案でおとなしいとしても、将来の自分が引っ込み思案でおとなしいかどうかは、絶対に判らない訳です。すごく明るく、人を巻き込んでいくタイプに変化しているかもしれません。これは、自分の努力もそうだけど、社会人になって取り組む仕事や、これから出会う人からの刺激によって、大きく変わる可能性を秘めています。    自分の可能性は180度の方向に広がっています。それを意味なく狭める必要は全くありません。    もちろん、どんなに頑張っても、人は空は飛べないように、今までの過去からの経験を根底から覆すような変わり方は出来ないとは思います。そこまで無限ではないはず。しかし、今よりは絶対に幅が広がります。それは過去が反映されて今があり、それが未来へとつながっていくからです。     つづく。  

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