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シリーズ 16  会社サイドから視る「自己分析」 ~キーワードから考える④

自己分析を知る
2016-11-22

自己分析を知る

例4 「客観的である」というキーワード   これもかなりポピュラーですね。客観的というのは、リーダーシップとは対極にあるキーワードですが、学生が実は何を隠そう、僕も学生時代に自分を表すキーワードとして、この「客観的である」を用いていました。保守的でインドアタイプが好んで使います(笑)。     僕は、現在では考え方がかなり丸くなりましたが、学生の頃は、かなり尖がってました。特に大学時代は、友達を作るということを自分から拒否していたようなところがあり、まさに井の中の蛙状態。自分とウマが合ったり、自分のことを尊重してくれたり、認めてくれたりするような人間としか接点を持っていませんでした。     さらに、これまで(大学時点という意味)の人生が、結果的には、思い通り進んでいたし、これといった挫折もなく、成績とかもどちらかというと、良かったということもあり、自分は頭が良いんだ、とか優秀なんだ、って思ってました。周りにはいろんな価値観の人がいて、優秀の尺度はたくさんあるのにね。まさに唯我独尊。今思うと、非常にもったいない時間を過ごしたなって思います。     38歳になった今、自分のこれまでの足跡に、自信を持ってはいますが、これは少なからず、実績に裏打ちされたもの。でも、学生の頃は自信ではなく、ハッキリ言って過信。自分に都合の悪いことや、不利なことには触れず、臭いものには蓋をしていた、と今では思います。     にもかかわらず、そういった状態を、僕は、    「友達は少なくても質を重視する方だ」     とか、    「周りの人間(特に大学)は、自分とは合わないしレベルが低い」     なんて、自分勝手に考えていましたね。今でも本質は変わっていないのでしょうが、人に対する見方は、あの頃より、全く価値観が変わりました。しかし、こうやってあらためて過去を振り返ると、我ながら嫌なヤロウです(笑)。     ・・・と、別に、自分の過去の恥部を書くことが趣旨ではなく、実は、こういった価値観の学生って、今でもたくさんいるんです。レベルの高い低いは別として、自分の価値観に固執して、周りの人の意見に耳を貸さないというかね。「俺がつるむ奴らはいつも同じ。でもそれでいいんだ」的な考えの人。あとは、「自分は他の奴らとは違うんだ」的な人。いるでしょ?     まあ、これは経験不足に由来する、学生特有の価値観です。このくらい生意気じゃないと、学生っぽくないけどね。僕は基本的に生意気な学生が好きです。少なくともエネルギーを感じるから。     学生が、なぜ友達なんかと飲むと、自分の価値観とか、自分はこうなんだ、とかって語る方向にいってしまうかというと、一つは、前にも書いたように、高校以前の生活に比べて、時間の使い方が自由になると同時に、高校までは、家族や教師等、常に大人の手ほどきがあって生活していたのに、大学に入ると、ある程度、自分で決定する機会が増え、自分の立ち居地や、あり方を考える機会が増えるから。もう一つは、今後の見えない将来に対する不安と、まだ成長期にある不安定な自分の存在意義を、誰かに認めてもらいたい、賛同してもらいたいと思うから、だと僕は勝手に考えています。自分がそうでしたから。     学生が、自分のことで議論しあうのは、当然のことだし、これがないと、将来に羽ばたけないとさえ思いますが、一方で、この学生特有の「自分の価値観に固執する」というタイプのほとんどが、就活を始めた際に、面接で自分を語るキーワードとして、「客観的である」という表現を選択するから、結果的に、このキーワードを用いる学生が多いのだと思うし、それがズレになってるんだろうって僕は思ってます。     もし、38歳である今の自分が、学生時代の僕を面接したとして、学生の僕が自分のことを、「客観的である」とアピールしたら、恐らく違和感を抱くと思います。印象や話し方から伝わってくるものと、「客観的」がリンクせず、その時点では、「判断につきかねる人」だと見なす可能性が高いからです。     なぜかというと、その頃の僕は、客観的なんかでは決してなく、単に物事を決め打ちして、自分の意にそぐわないことについては冷めている、一緒になって、結果を出そうとエネルギーを出している仲間から、一歩も二歩も後ろに引いてしまう、そんなタイプだったろうと思われるからです。    つづく。   

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