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シリーズ 24  会社サイドから視る「自己分析」 ~過去の掘り起こし③

自己分析を知る
2016-12-05

自己分析を知る

   小学校時代の家庭環境を書くと、僕は、典型的な「おばあちゃん子」です。父親も母親も、ともに自営業者。父親は設計士で、母親は喫茶店経営。よって家のことは、母方のおばあちゃん任せでしたね。子供の頃から、そういう環境にいると、それが普通だと勘違いしてしまうのですが、圧倒的に親より触れていました。特に母親の方は、朝早く家を出て、夜も10時すきに帰ってくる。子供はすでに寝てる時間です(笑)。しかも月の休みは2回です。ほとんど顔を合わさなかったような気がします。顔を見るのは、いつも店の顔。    このおばあちゃん子だったというのは、実は僕の人生観にとって、重要なファクターです。甘えん坊のわがままっ子だからねえ。今でも同じ。それとプラス島根県西部出身ということもね。    中学時代というのは、多かれ少なかれ誰でもそうでしょうが、反抗期の時代です。特に、僕の時代は「校内暴力」という言葉が流行った時代。でも僕の学年は、そんなに荒れてはいませんでした。多少、素行の悪いヤツらはいましたが、相対的には大人しかったと思います。大人しいというより、全体的に冷めていたといったほうがいいかなあ?実際にウチの母親は、6歳下の僕の妹を引き合いに出し、「あんたの周りは、なんか変に大人びてて冷めてた。妹の友達の方が可愛げがあって良かった」と言ってます。    僕は根性がないので、中学に入ったら楽な部活に入ろうと思っていたんですが、たまたま1年の時の担任が、柔道部の顧問。これで僕の3年間が決まってしまいました(笑)。当時は体格もそこそこ良かったので、半ば強制的に柔道部へ。最初はイヤイヤでしたけど。自分でいうのも何ですが、結構強かったし、地区や県でも優勝したり、そこそこの成績を残してました。主将もやりました。僕が1年の時や2年の時は、先輩がメチャメチャ怖くて、訓練と称した理不尽なトレーニングとかもあったりして、僕の時代になったら、それだけはやめようと思っていました。それと子供ながらに合理的に練習したいと思って、練習項目を短冊形式に書き分けてプログラムを作ったりとか、寒い時期は筋トレ中心に切り替えたりとか。今考えると非常に些細なことではあるんですが、悪い伝統だけは打破したいって思ってましたね。つまり先輩が後輩をいじめるとか、根性論や気合で乗り切るとかっていう悪しき慣習ね。まあ顧問の先生に理解してもらっていたからできたことではありますが。おかげで後輩たちとは、仲良くやってたはずですよ。    ・・・でも、相変わらず自分自身の根性だけはなかったので、柔道自体は嫌いでした。格闘技系は向いてないみたい(笑)。練習を楽しいと思ったことはありませんでした。試合も憂鬱感の方が強くて、楽しむなんて出来ないし。相手がいつもデカク見えたり、強そうに見えたり。基本的にマイナス思考なんで。でも始まっちゃえば、結果は良かったんですが。    中学校では2つの小学校が一緒になるんですが、僕は規模の大きい方も小学校卒だったんで、基本的には交友関係もあまり変わりません。勉強もそこそこでした。    また、相変わらず学級委員や生徒会もやっていたし、柔道部の主将ということもあり、この頃は結構学校では僕の存在は有名でした。何でもそうですが、今までこうだったから、それが正しいんだっていう固定観念にあまり囚われないタイプだったんで、余計に目だったみたい(僕自身は何をどう変えたかハッキリ判っているので、ここでは具体的にエピソードは挙げませんが、学生の皆さんがこういう作業をする際は、面倒でもキッチリピックアップして下さい)。でも先生の言うことを、はいはいと聞くタイプではなかったし、多少は反抗期っていうこともあって、素直に従うのはかっこ悪いって思ってた時期でもあったんで、僕のことを支持してくれる先生と支持しない先生とが極端に別れてました。いい悪いは別として、女性の先生に受けが悪かったような・・・。    中学の頃は、恋愛話の一つや二つ、あるもんですが、僕にはなかった(笑)。しつこいですが、多少有名だったんで、後輩の子から手紙をもらったりしたこともありましたが、成就はしてません。    ちなみに、過去を振り返る過程で、絶対に恋愛の体験って思い出されると思います。自分の人生観を見つめ直して、生き方に繋げるのであれば大いに有意義ですが、少なくとも採用面接の場では、恋愛話は仕事に繋がりにくいので、エピソードとしては避けた方が無難です。だいたい、面接官も、人の恋愛体験を深く聞いていくのは、気が引けるし(笑)。でも今の自分の価値観を考える際には恋愛っていうのは非常に大切なんで、ムシはしないで下さい。    友達関係でいうと、この時代の友達は今でも付き合ってるヤツが多いです。男女問わず。僕の結婚式でも中学時代の友達だけで、円卓埋まったくらい。言い方を変えれば、大学以降の友達がいないってことなんだけどね。実は今の会社にも、僕が幼稚園の頃から付き合ってるヤツがいます。僕が引っ張ったんですけど。    だから今振り返っても、中学校の頃は本当に楽しかったです。友達にも恵まれたし、勉強でつまづいたこともないし、柔道部主将・生徒会という立場的に影響力もあったし、怖いものはなかった。いじめられっ子でもなかったし。挫折らしきものもありません。    この時代は、ファミコン全盛期で、友達と遊んでもほとんどゲームでした。あとはパソコンが出始めたころで、ほとんどの友達が持っており、僕もほしいと親に打診したところ、父親は「これからは、コンピューターが主流になるから、子供のうちから慣れておいた方がいい」と言ってくれて、クリスマスに買ってもらったな、確か。でもほとんどゲームをすることのみで使用してましたねー。まさに親の心子知らずです。だからハッキリいって、中学校時代にパソコン持ってたことが今に活きてはいないですね。パソコンといっても、今のようにネットがあったりとかっていう時代じゃないですよ。もっと前です。詳しく書かないですけどね。    またこの当時、筑波で万博は開催されて、「ポマト」というじゃがいもとトマトを遺伝子操作で融合させたものがありました。僕は実際に筑波に行ってはいないですが、この映像を見たときは実に衝撃的でしたね。遺伝子っていうのは何だ?って感じ。小学校からの「生き物」好きが、この頃から「生物」という分野に興味を惹かれるようになってきたんです。    柔道が強かったということもあり、いくつかの私立から勧誘もありましたが、僕は柔道で生きるつもりなかったし、第一嫌いだったんで、親からすっと刷り込まれてきた、県立の理数科に進みました。生物がスキということ以外、理系に進むことに対して、深く考えてはいませんでした。刷り込み効果の影響か、理系に進むが当然なんだっていう気持ちで、何の疑問も持ってなかったですね。 

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