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シリーズ 19 「集団モノ(面接・討論)から視えること」 GDの意味合い③

集団面接・GD
2017-10-03

集団面接・GD

 グループディスカッション(GD)に関して、前回は、学生間に出回る情報をたくさん書きました。憂鬱になってしまった人もいるかな?まあでも、総論で言うと、全て間違いじゃない、ということになるんですが、一方で、その情報を各論で追っていくと、実は、すべて間違いになってしまいます。今日からは、巷の情報が、いかに偏った情報であるのか?ということを書いていきます。だから、学生の皆さんは安心して、そういう情報をぬぐい捨ててほしいんです。      GDでは、「お金」の効率化を図ることを重視している、ということでしたが、それは、一体どういうことか?というと、「本シリーズ4」 でも書いたように、面接官の人件費を削減する、ということと同意です。また、面接官の人件費を削減するというのは、動員する人数を減らすということですので、別の見方をすれば、「GDはできるだけ、人事部員だけで行いたい!」という想いも、会社サイドにはあるはずです。つまり、経費削減という目的だけでは必ずしも無い、ということ。        GDの面接官を人事部員だけで行いたい・・・これは、「本シリーズ6」 でも触れた、「面接官の当事者意識」に係わりがあります。GDというのは、面接官一人当たりが受け持つ学生数が、集団面接よりも多くなります。だから「お金」の効率化が図れる訳なんですが。        しかし、選考しなければいけない学生の数が増えると、どうしても、選考の精度が低くなります。これはイメージ沸くでしょう?アルバイトで、塾の講師をやる時と、家庭教師や個人指導をやる時における、生徒さんに対する感覚と一緒です。        選考の精度が低くなると、会社の採用スペックに合う学生を逃してしまう危険度が上昇する。それを防ぐために、集団モノの選考では、「判断に迷った学生や、無難と思われる学生は、とりあえず通過させろ!」とか「一人で判断せず、周りの面接官と相互確認して決めろ!」という基準を、面接官に刷り込む訳です。        こういった基準は、人事部もしくは、人事部に近い部署のスタッフであればあるほど、共有できるものです。経理部員や営業部員では、言葉では判っていても、いざ選考が始まると、どうしても自分の部署の人員事情や、思惑がアタマをよぎって、その感覚で、学生を評価しがちです(一概にそれが悪いことだと言えないのですが・・・)。        しかも、周りの面接官さえも人事部員じゃなかった場合は、お互いの感覚で行った評価を、相互に確認し合うことになり、逆効果。また、人事部員が面接官に加わっていた場合でも、人事部員の方が、経理部員や営業部員より、役職や年齢が下だったら、仕事とはいえ、どうしても遠慮してしまいます。組織は、人間で構成されているもの。人間力学は、組織の裏側の実態であり、誰も責められません。        一方、全てが人事部員であれば、日々、人事部長や担当役員から、会社の採用スペックや、集団モノの選考の本質なんかを教え込まれるので、自分の感覚で学生を評価する、という危険性は低くなります。第一、自分の感覚で学生を評価したら、怒られますからね、上司から。人事部っていうのは、意外と縦社会なんですよ。上司の意向や、会社の意向は絶対です。        こういった面を踏まえて、GDの現場をあらためて思い出してみましょうか。        GDでは、一つのテーブルに、学生が何人かでグルーピングされています。その中に、会社の社員さんが一人、アドバイザーみたいな感じで座っていることが多いでしょうが、これは、仕切り役みたいなもの。その各テーブルを、面接官がバインダーを片手に持ち、何やら書き込みながら、グルグル歩き回っています。何書いてるんだろう・・・?なんて横目で見ながら、皆さんはディスカッションを行っていく訳ですよね?        この方式は、一人の面接官が、より多くの学生を視ることの実現につながります。では、なぜ選考している面接官は、自由にグルグル歩き回れるのでしょうか?        答えは簡単です。「面接官自身が、学生を直接、面接していないから」です。当たり前に聞こえますかね?でも、これはGDを考える上で重要なんですよ。        GDを、強引に面接に置き換えてみると判るのですが、面接では、会社の社員が面接官として、学生に直接話しかけますが、GDでは、学生が学生に話しかけることになりますよね?ということは、学生の皆さんは、知らず知らずのうちに、面接官役と学生役を両方こなしている、ということになるんです。人事部としては、自分の代わりに学生に学生の面接をやってもらっているようなもの。        グルグル歩き回っている面接官は、皆さんのディスカッション風景を見ながら、ただ黙々と歩き回って、何かを書いているだけでしょ?会社サイドとしては、学生同士が話しているのを聞いているだけなんだから、楽っていえば楽。しかも、歩き回れるはゆえに、動員する社員を減らすことができ、結果的に、他部署の社員に面接官を要請しなくてもいいんだから、お金も使いませんよね。学生を利用しているという意味では、ズルイと言えばズルイです(笑)。        学生が面接官もこなす、ということになると、学生によって、コミュニケーション能力や論理能力に、当然ながら個人差が出てきます。これでは、“無難な学生”かどうか?の判断がしにくいと思うでしょ?でも大丈夫なんです。このリスクを回避するために、どうするかというと、        全てのグループに、共通のテーマを与える        訳なんです。これは、言ってみれば、会場にいる何十人、何百人といる、全ての学生を横並びにして、同じ質問をしているのと一緒。だから、GDは集団面接の拡大版という見方もできますよね?これが、集団面接よりGDの方が、どうしても選考が粗くなる理由です。GDは、集団面接を内包しているんだからね。        ここまで判ってくると、世間で出回っている情報に、必要以上に振り回される必要なんかない、ってことが理解できると思うし、GDも、集団面接の一部ってことがイメージできれば、ここでもハッタリをかませばいい!ってことが、判ると思うんですよ。だって、面接官は学生なんだからね。相手は、社会人ではなく、自分と同じ学生です。そう考えると、気が楽になりません?まだ無理ですかね(笑)?やっぱりGDは怖いかな?        皆さんを楽にするために、このテーマに関しては、もう少し続けましょう。

   

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