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山の頂上は誰でも登れるもの。 前編

自信とキッカケ!
2017-09-13

自信とキッカケ!

 転職絡みで、人とお話をしていて、何の気なしに出た言葉が、我ながらステキだったので(笑)、今日のネタにします。      過小評価症候群 (←リンク)に陥っている人は、意外と世の中にいて、僕からみれば、ここまで結構スゴイ経験して、ノウハウも財産も持っているのになあ・・・と感服する人って、たくさんいるんだけど、そういう人に限って、当の本人だけは、私なんて全然ダメだ・・・って意味なく落ち込んだり凹んだりしています。もったいないです。        これにはいろいろ理由があるんだけど、1つ目は、過小評価症候群だからなんですが、2つ目に、自分が今までにやってきたことって、その会社の中で毎日地道にやってきたことであり、上司に怒られたり、お客様にクレーム言われたりして、常に、自分の仕事に満足がいかないから、というものもあります。        そして3つ目に、自分はある程度、経験を積んだけど、それはあくまで、会社の中の自分であって、その学んだことはその業界、その会社での実績であり、転職などで、違う業界や会社、また違う職種に就こうと思ったら、それが活かせないもん・・・って考えてしまうというもののあります。        なるほどなるほど、確かに、1つ目はともかく、後の2つは、理解は出来ますよね。政治家が、選挙に落選したらただの人になってしまうのと同じ感覚だもんね。        でもこれは、間違いとは言いませんが、真理ではないんです。        間違いじゃないというのは、現実問題として、未経験職種に挑戦しようと思っても、歳を取れば取るほど、会社は採用してくれない確率が上がるのは事実だし、未経験ということで、お給料は下がる可能性が高いのも事実だからということ。      しかし、採用してくれないとか、お給料が下がるとかって理由で、なかなか転職がうまく行かず、やっぱり自分はダメ人間なんだ・・・って凹んでしまうのは、まだ早い。      だってそれは、真理ではないからね。人生の真理は、人それぞれで一つじゃないから。        ここは、非常に大事なところだから理解してほしいんですが、人間には、ダメな部分なんて、絶対にありません。通常、人間が、自分のダメな部分と考えてしまうのは、他人と比べて、劣っている部分のことを捉える場合が多いもの。劣っているというのは、幼少時代の記憶として植えつけられます。例えば、ドンくさいとか、足が遅いとか、ノロマだとか、勉強できないとか、腕相撲が弱いとか。        幼少時代は、身体の成長に個人差があるために、どうしても、身体が大きいとか、背が高いとか、力が強いとか、成績がイイとかって子が、クラスで目立つ存在で、そういう子と自分を比べて、自分がダメだって考えてしまうクセが根付いてしまうけど、それが大人になっても残っているんです。        でも、人間ってのは大人になれば、身体的には、結局同じように成長するし、それに本来は、心の自浄能力を持ってるから、徐々に劣ってる部分なんて消えていくはずなんです。それでも、大人になってダメだ、って思ってしまうのは、実は自分だけが、昔の思考の余韻に浸ってるだけなんです。        もともと、人間なんて大差ないし、人生を比較することがナンセンスなんだから、大いに自分基準で、私って意外とやるじゃない!って思わないといけないですよね。意外とやるんだから、本来は、何にでもチャレンジできるはず。やってみて、それで仮にうまく行かなかったとしたら、それは、やっぱり自分には無理だったんだ、ってことじゃなくて、やり方とプロセスがイマイチだったってこと。難しい話ではないです。        もちろん、誰でもやり方とプロセスをキチンとやれば、うまくいくんだけど、実際問題しては、そこにかけられる労力と時間の問題があります。これは個人個人で異なります。人間、大人になれば、守るものが出来るからね。だから、実際にやるかどうか?は本人次第。でも、やると決めた場合、他人より時間がかかりすぎるとかってのは、考える必要はないんです。       つづく。  

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